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【映像考察】田村ゆかりライブツアーAFTの映像を考察 ※ネタバレあり

セトリ・イベント感想
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待ちに待った「田村ゆかり LOVE ♡ LIVE 2021 Airy-Fairy Twintail」

さっそくたくさんの幸せや驚き、そして感動を感じています。
多くのポイントがあるライブですが、中でも三編に渡って放映される、ゆかりんとドールをテーマにした映像は特に印象的です。

大宮公演で初めて観て、そして静岡公演でも観てみると多くの考えや想いが自分の中に湧き出てきました。
今回は、感じたこと綴っていきます。

※深読みマンの勝手な考察なので、好まない方はブラウザバックを何卒お願いします…!!

本文中の用語はこちら

ドール:主人公のドール
オーナー:ドールのオーナー(ドールの服や飾りなどを自分好みにアレンジ)
別ドール:ブロンドのドール


ライブ感想はこちら

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ドール=女性、オーナー=男性

まず考えたのは、恋愛をドールとオーナーに見立てた映像という見方。

映像直後に始まる歌が、「Pink Pygmalion」
「Pink Pygmalion」の歌詞はストレートに読んだら、

自分が大好きだった彼氏なのに、他の女性を好きになっていたというストーリーかと思います。
特に、映像の一連の流れを歌詞にしたような(逆に「Pink Pygmalion」の世界を映像化した)ほど。

捨てたりなんてしないで

『Pink Pygmalion』より

知らない彼女と逢ってた
悲しみをいっぱい覚えた
わたし もう 処分?

『Pink Pygmalion』より

なんて歌詞は、オーナーが別ドールを可愛がっているときのドールの不安な気持ちを体現。

あなたに従順で

『Pink Pygmalion』より

というのも、オーナーの好きなことを、ドール自身はすべて受け入れていることに繋がります。
そして現実にも相手に従順なほど尽くす(女性が男性然り、男性が女性に尽くすことも)こともよくありますし、それが報われるとは限りません。

今回の映像では、どんな別れ方(捨てられ方)をしても、最終的には一緒に過ごしていた時間はかけがえのないものをだったと納得できる世界を表していたのかな。

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ドール=ゆかりん、オーナー=元王国民

オーナーは王国民(元王国民)という見方もできるな、と。
そしてその目線で見たら、本当に寂しく悲しくなってしまいます。

長い間、ファンに夢を届けてきたゆかりん。
ファンがお姫様としてのゆかりんのライブに全力で楽しでいる毎日。
「ゆかりんはお姫様のような服が可愛い」
「こんなものを持っていたらすごく映える」
なんていうように、ファンはさまざまな夢や願望をのせていきます。

まさにそれを体現しているかのように、映像ではオーナーが好きなようにドールを着飾らせます。

しかし、あるときに別ドールにぞっこんになるオーナー。
現実に置き換えると、別のアイドルや別の推しに夢中になり、いつしか王国には目もくれなくなった元王国民といったところでしょうか。

捨てられてしまったドールですが、神様から自我を与えられ、人の姿に。
今までの、ドールとして押し付けられていたイメージを、自らの意思や選択で変えていくドール。

自分で選択できることの楽しさを知ります。

ある瞬間、ビルの屋上でオーナーに撮影してもらった写真を見ながら思い出を遡るドール。
たしかに、別ドールに真剣になるオーナーを見て絶望感を抱いたり、別ドールに対しての嫉妬心が生まれます。

しかし、確かにあるのは、自分が着飾らせていたときの記憶。
その時間を思い返すと確かに楽しい時間で、そしてその記憶をたどると自然と微笑みがでてしまいます。

この微笑みが、ドールとして過ごした時間は愛おしかったと考えるとすると…「確かにオーナーの気持ちは別ドールに向かっていったかもしれないが、それでも自分に向き合ってくれていた時間はかけがえのないものだった」なんていう気持ちに変化したのですかね。

最終的にはドールに戻りますが、それは別ドールへの嫉妬心やオーナーへの恨みでもなく、自分を見てくれる人がいるという現実を胸に抱いていてくれることを祈るばかりです。

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ドール=ゆかりん、オーナー=キングレコード

実は映像を見たときに、最初に思い浮かんだのがこの図でした。

オーナーはドールに花を持たせてあげたり、プロデュースをしている。
つまり「プロデューサー」という存在がすぐに頭をよぎりました。

ドールをゆかりんとすると、映像の始まりはキングレコード時代。

「お姫様」「アイドル」としてのゆかりん像が確立されてステージに立っていた時代。
丁寧に愛されながらアイドルとしての理想像を作られていたけど、新しいアイドル(別ドール)が連れてこられてきてしまう。

ドールは、捨てられてしまった後、不思議な力で自分で歩く、動くことができるようになります。
今まではされるがままのドール人生だった中、自らの足で動き出すと、世の中には知らないものばかり。
与えられたものではなく、ひとつひとつ自分で試しながら進んでいって、人生を好きなように歩む楽しさを知ります。

しかし、ビルの屋上で思い返すのは、オーナーがプロデュースしてきてくれた時の記憶。

別ドールに注力するオーナーの姿を見て、嫉妬や悲しみ、悔しさが溢れるドール。

でも、自分がプロデュースされていた時間は確かにそこにあって、そしてその時間もかけがえのない時間であった。

その時の幸福さを感じて、すこし微笑んで、時間が過ぎてドールの姿に戻ります。
これは時間が過ぎたのか…それともオーナーが作ってくれた”お姫様”という存在があって今があるということを受け入れたことによって、ドールに戻ったのでしょうか。

はたまた、過去から今をすべて理解した上で、再びドールに戻るという自らの意思…??

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まとめ:ハッピーエンド?バッドエンド?

この映像の物語において主人公はハーピーエンドだったのか、それともバッドエンドだったのか。

あはたはどう思いますか?

個人的には、どのエピソードであってもハッピーエンドだったのではないかな、と思います。
「終わりよければすべてよし」なんて言葉がありますが、エンディングのゆかりんの儚い微笑みから、そのように思います。

確かに捨てられてしまったことは悲劇的。

しかし、自分で歩いて、自分の好きなように過ごした時間……。
その後に過去を思い返したとき、つらいことがあったとしても、幸福だった時間はやはり愛おしく感じれたからこその微笑みに受け取れました。

人からドールに戻るというのは、本来はドールであれば”神様がくれた不思議な時間が終わった”だけかもしれません。

自我を持って動いているところを主体にすると、ドールに戻るのは”死同然”。
不思議な時間が終わったのか、それとも自らドールに戻ったのかはわかりませんが、その瞬間に過去を受け入れて抱きしめられたのは幸せなこと…ハッピーエンドなのではないかな、と思います。

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